先月はじめ、3回目の釜石に向かう。さいたま市の子ども文化ステーションというNPO法人の企画の被災地支援コンサート、2014年から私達は行きはじめて3回目。釜石で最も被害の酷かった鵜住居幼稚園は今回ようやく新しい園舎になった。
東京で体験した震災では直接的な被害はなかったものの、テレビに映し出された津波の映像や、電車が止まったり、スーパーの棚から物がなくなったり、節電やらなにやら、心はざわつき、どうにもならない気分を落ち着かせようといつもいつも感情が揺れ動いていた。東京も揺れたし、気持ちも揺さぶられた。あの時から世の中に対することとかいろいろ考え方も変化したとは思うけれど、日常はある程度すぐに戻ってきて、そして震災のことはいつも頭のどこかにあるけれど、それは記憶の片隅のものになって、被災地というのはやっぱり私の中では遠いままのものだった。けれど、自分が被災地に行くようになり、本当にかけらのような断片だけだけれど、ほんの少しずつ復興の様子を見て、あの震災が、あの津波が、3.11が、私の目の前にやってきた。その場所を見て、感じて、それだけで夢の中のような記憶から、現実に引き戻されたような、そんな気分を味わっている。被災地に赴くということが、とても意義のあることなんだと、自分の気持ちの変化から感じ取っている。
2月の釜石公演では、鵜住居の隣町、やはり被害の大きかった大槌町の町役場を訪れた。むき出しの鉄骨が露わになった町役場は来年解体されることが決まったらしい。町は変化していく。津波が町役場を襲った16時19分で時計は止まっているのだが、私たちが訪れたのも寸分違わず、16時19分だった。なんとも言えない気分で建物を見上げた。
今日は、いつもよりも遥か彼方を想う。自分の体験したことよりも、あの場所のことを想って。あの綺麗な海を想って。釜石の人たちの笑顔を想って。祈りとはそういうものかもしれない。とにかくすべてが少しずつ変化している。私ができることをできるかぎりやること、今の私の精一杯を生きること。そんなことを思う。