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今朝、起きてからふと、点のような小さなはじまり、というものについて考えていた。その点は、その時には後につながる物語だとは思いもよらない。でもあとから考えると、今起こっていることというのは、点、がはじまりだった。そう思うと私の人生は壮大である。あとから考えてあの点がここにつながるのか!みたいなことが多々あって、それでもそれはまだ途中経過だったりして、この先はまったくわからない壮大さを増しているような気さえする。そんな点からはじまるあれやこれやが散りばめられている人生は私にとってうってつけなのだろう。そんなことを考えていたら、それを象徴するような出来事が起こって、なんだかものすごく可笑しくなってきた。なんというか、まだまだ人生の旅の途中なのだ。ここからまた、どんな風景が広がっていくのだろう。そんなことを思う春分。風は強いが佳き日だね。
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by minacha-yam
| 2019-03-21 14:57
| ブログ
今月は一息ついていろいろ観に行っている。 ソフィ・カル@原美術館 向井山朋子展@銀座エルメス 石川直樹@オペラシティギャラリー、最果タヒ@横浜美術館、あ、TPAMのつむぎねが出ているやつも観に行った。そして、零点振動vol.11 @ 喫茶茶会記、betcover!!初ワンマン @ 渋谷O-nest 零点振動というのはタップダンサーの米澤一平、サーカスパフォーマーの谷口界、市松、、、(肩書なんですか?市松さん、、、)の三人が繰り広げる即興舞台。一昨年の9月から毎月やっていて今回で11回目。一平くんは斬新で熱い企画をたくさん催しているけれど、この零点振動は同じメンバーで毎月即興を行うという、バイタリティが半端ない舞台。私は初回から4〜5回見てるけど、3人それぞれの個性が洗練されていくさまとか、ザワザワとした葛藤が見え隠れするところことか、即興というその瞬間の面白さが十二分に詰まった舞台なのです。いろんなところを見習いたいし、とても尊敬する若い人たち。 そして若い人といったら、翌日のbetcover!!のヤナセジロウくんは19歳なんだけれども。もう、このライブがしびれた。舞台正面に飾られたジロウくん作のロボットからは葉っぱと赤い花が生えていて、私は漂流教室(楳図かずお)の子どもたちがミライの次元を超えた世界からもどってきたのじゃないかと思った。混沌とした今のこの世に戻ってきて、己を叫ぶ。ミライへ向かって。生命力のかたまりが、目の前でものすごいエネルギーを発するさま。何かを生み出したいという衝動、生み出す力には葛藤も苦しみも含まれるけど、それを超えようとするエネルギーには心が揺さぶられるし、放たれた生命力はダイレクトにこちらに伝わる。 と、まだ3月はまだ半月しか経ってないけれど、私はいろんなものを吸収して自分が動き出す準備をしているのでありました。ミライへ向かって。 #
by minacha-yam
| 2019-03-15 20:03
| ブログ
今年もこの日がきました。
言葉や音は生きている人を救い、祈りは死者を救うのだろうか。 #
by minacha-yam
| 2019-03-11 21:06
| ブログ
言葉暦で書いたものに、下記の事言葉がある。
唯一の正しい知恵は、人類から遙か遠く離れた大いなる孤独の中に住んでおり、人は苦しみを通じてのみそこに辿り着くことができる ー星野道夫「森と氷河と鯨」〜カリブエスキモー、シャーマン〜 これを最初に読んだ時に、私は苦しみを通じないと正しい知恵にたどり着かないなんてことはないと思っていた。この本を最初に読んだのはいつだったか、、そこから月日が流れてこの再度この言葉に触れた時に私はだいぶ変わったのか、苦しみというのは人間からは消しされないものであり、消し去るものでもないと思ったのだ。そう、だからこのカリブエスキモー・シャーマンのは正しいのだ、という答えに達した。苦しむことがいいこととか、苦しみなさい、ということではなく、苦しみという心の動きは必要不可欠とでも言おうか。その感情から人は様々なことを学ぶ。 いや、昨日久々にアップしたブログに、苦悩はいらないわ〜、とかいう一文を書いて、あれ?と思ったのだった。結局、苦しみたくはないのだった。笑。 #
by minacha-yam
| 2019-03-08 08:47
| ブログ
ブログ、半年以上更新していなくてでも最後の投稿があまりにも今につながるような内容で、、、その間あったことを書こうと思って想いが多すぎて書けないな、、、と一旦閉じたのだけれど。やっぱり備忘録的に書いておこうと、古い投稿を読んでそう思った。行動とか心情とか、あとから見返すと時の流れが目に見えるようで、そこから今の自分につながるものがとてもおもしろい。8月に即興カフェで「境界線」を超えてしまってから、さぁ私は何をしていたのだろう。
9月:北秋田根子への旅。この旅の帰りの飛行機で突如、一緒に旅していたたまちゃんと、様々な人々やものや土地をつなげていくユニットをやろう!ということになる。そこから急発進、マージナルな空集合を意味する造語【KuuMA】という名前の、男女のみならずの、人・土地・ものをつなぐ縁結びユニットがはじまる。 10、11月:学校公演で忙しい間に、翌年のことやそのあとのことを考えて、来年からストリングラフィオフィシャルの活動は一旦休止しようということを決める。11月はたまたま北秋田での公演があったので、今年二度目の根子へ。縁結びははじまっていて、KuuMAで使うクロモジを提供してもらう話をしたりする。もう、この頃はとりあえず、ストリングラフィのことばかり。今後の事も含め考えてばかりいた。 12月:アメリカメイン州から長年の友人、ミカ一家がやってくる。彼らはメイン州で味噌作りをしていて、発酵のことや醤油づくりを学びたいというので、京都で醤油キットを作っている水やんのところへ一緒に旅する。京都へは車で行ったのだけれど、ちょっと遠いけど高山経由で向かった。高山はオーナーの方に仲良くしてもらっているゲストハウスがあってそこをミカ達に紹介したかったこともあり。高山は良い時間を過ごす。旅の前日までハードスケジュールだった私は京都に着いたそうそう風邪を引き、ほぼ寝ていた。そして最終的に声がでなくなる。トホホ。彼らは水やんのところではお話会をやらせてもらって、地域の人との交流や、麹の室を見せてもらったりして良い時間を過ごせたようだ。私は一足先に東京にもどって、今年最後の公演、ののちミカ一家とまた合流して東京でのお話会。これは、KuuMAのイベント第一弾として府中本町のメルドルで開催する。友人の忘年会、交流会と、人人人、人によく会った。
1月:長年続けていたストリングラフィを一旦休止するので、いろいろと考えていかなくてはならないので、頭がフル回転。ストリングラフィは休止だけど、StringraphyLaboという私が主宰のライブなどはやりたいし、KuuMAのこと、生活のことなど。ギャラリー企画を任される話もあって、本当に頭がいっぱいいっぱい。とか言いつつ、新年早々、京都でステファン・バチウ生誕100年のお話会に参加。有意義な時間を過ごす。着物を着てだまっこ鍋を作る新年会なども。あと、等々力さんのお話も聞きにいった。それと、近所の友人たち(調布組とか言ってる時もあったな。笑)との遅い新年会を開くのだけど、このメンツでここ3年集まれた試しはなく、新年会も忘年会も花見も日程が合わずに先延ばしということばかりだったのが、本当に久々に全員揃っての新年会。なんというか、2019年がとても拓けてゆくような、新たなはじまりを祝わずにはおれないような日となった。 2月:2日は即興カフェ。去年に引き続き石川高さん、國崎晋さん、ササマユウコさんと私の即興。今年はなんと、國崎さんがアナログ・シンセを持ってきて即興に参加、これがめちゃくちゃよかった。私は体調がよくなくて、写真も動画もひどい顔してて最悪。この日は四谷(曙橋)にあるレンタルスペースでの開催で、たまたまストリングラフィでロックバンドをやっている糸電話男子のAustur君が隣駅の新宿三丁目でライブをやるとのこと、時間がかぶってないのでお互いのライブを見ることに。水嶋一江のストリングラフィを超えて、こうして二人が活動しているということにとても感慨深い想いを懐き帰路につく。 そして、2月は最大イベント(イベントが、じゃなくて自分たちがそれをするということが最大)KuuMA初出店の高幡不動ワールドアートフェスティバル。この日は北秋田、根子集落のクロモジを使った商品を売る、ということで私は1月からずっとアクセサリーと米ぬかカイロを作っていて、初めてのことでどうなることかと思いきや、とても好評だったので一安心。帰りは来てくれた友人カップルと、たまちゃん夫婦+ぜんちゃん、祐三くんと近所の焼き鳥屋へ。この打ち上げがすごく楽しくてよく笑ってよく飲んでよく食べた。幸せだなぁと心から思える日だった。 あとは友人にrawchocolateワークショップしたり、大阪から遊びにきた友人たちと温泉に行って、アラサーとアラフィフ女子会みたいな夜を過ごしたり、猫をなでたり、音楽を聴きに行ったりした。 2月まで、こんな感じだろうか。ざっと。ざっと。そう、私は坂口恭平のファンなのだけれど(実はこの人が大好き!というファンになるということはほとんどないので珍しい)1月ごろ、とあることがあまりにも辛くて自分の心が辟易してしまっていた時に友人が、坂口恭平にならって何か書いてみたら良いんじゃない?というので、とにかく書いた。原稿用紙に万年筆で書こうと思ったけど、ま、普通のノートにボールペンで書きなぐった。自分の心の何から何まで。出すことがなくなるくらいまで書いたら本当にスッキリして、それこそまた、坂口恭平にならって毎日の日課を作ろうと思い、たまにあげていたごはんの写真をできるだけ毎日あげようと思い立つ。ということをしていたとある日に、即興カフェでお客さんに渡していたおみくじに書いた言葉を溜めているのを思い出し、それを綴りはじめた。夢を見なくなった私は想像性豊かなアーティスティックな人でなくなったような気もするけれど、今の私にはこうした現実に沿った堅実さ、というのがとてもおもしろい。夢を見ないのはつまらないけど、そういう堅実さがほんとうに欠けていたし、今年は勉強がテーマなのだ。溜めていた言葉はあっという間になくなったので、家の中にある本から抜粋している。そのうちそれも尽きるだろうけど、これは1年続けたい。そういうことをやってみたい。境界線を超えて自分のドロドロの心のウチを書きなぐったら、夢の世界に突入するどころか現実に足をつけて動きはじめたという。 というか、ブログの古い投稿を読んでいて、辛かったりとか思い悩んでいることがある時は書いてることが詩的だったりして、苦悩や葛藤が生み出すものは創造性にあふれるものなのかもしれない。苦悩がなくても創造していける人になるのが今後の目標??今までいろいろ辛かったから苦悩はいらんわ〜。笑。 と最後に、ギャラリー企画を任される件はなくなったので、今年はやっぱりLaboに力を入れてやっていこうと思ってます。KuuMAとStringraphyLabo、よろしくおねがいします。と書いて、他にももろもろ進みつつある案件があるのを思い出したけど、ちゃんと決まったら報告します。 #
by minacha-yam
| 2019-03-07 23:37
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